昨日は、クライストチャーチの大地震から10年の節目でした。
あの地震がなければ、私たちは今でもクライストチャーチで巽をやっていたと思うし、もしかしたらどこかのタイミングで憧れの地クィーンズタウンに移転することはあったかもしれないけれど、少なくとも、オークランドへ移転することは絶対になかったと思います。わたしたちがオークランドへ移転したのは、地震で住む家がなくなって、オークランドの友達が「うちに空き部屋あるから、とりあえず来る?」と声をかけてくれたのがきっかけでした。しばらくオークランドに滞在している間に、偶然ニューマーケットの物件を紹介してもらい、偶然オークランドに移転することになったのです。言ってみればそれも「偶然」ではなくて「運命」だったのでしょうが、わたしたちの人生の大きな分岐点になったことは間違いありません。

立ち入り禁止の建物
地震から2か月後、店の片づけにやっと入れた時の写真

そこからは、暗黒の3年間。
友人の店が、地震後のクライストチャーチで順調に成長しているのを横目に、わたしたちは、3年間、借金と向き合いながらの、どん底の日々を過ごしました。地震保険がなかったら、とっくに店は倒産し、わたしたちは日本へ帰っていたかもしれません。クライストチャーチで成功していた3年間が、まるで夢だったかのようなどん底の日々に、クライストチャーチとオークランドの違いを痛感し、自分たちの甘さをどれだけ後悔したか分かりません。「美味しい料理を出していれば大丈夫」というのは、オークランドでは通用しませんでした。
幸い4年目にして、コツコツと常連のお客様を増やしていき、やっと黒字転換しましたが、3年間の借金をすべて返済するのにそこからまた3年。つまり、合計6年間のオークランド暮らしは、借金を背負って、それを返済するためだけの6年間だったのです。

そして、嫌なことはすべて忘れて、いよいよクィーンズタウンに出発!となったその時、オークランドのハイウェイでトラックにぶつけられて大きな事故に遭ってしまいました。

正直、もう本当に死んだと思いましたし、ここで命拾いをしたからこそ、クィーンズタウンでの人生は「一度死んだと思って新たな気持ちで踏み出そう」という気持ちを新たにしました。

こういったことが、わたしたちが、今でもオークランドに帰りたいと思わない大きな理由と背景です。なんせ、辛くてしんどい思い出しかないんですから。楽しかったことを思い出そうとしても、全然思い出せません。
オークランドを旅立って3年。やっと、去年オークランドに一度だけ行きました。目的は「歯の治療」「美容院」「美味しいレストラン」です。
そう。訪れるだけならばいいんです。つらかったことを思い出さずに済みます。それでも、「もう一度行ってみよう」と思えるようになるのにも、3年もかかったのです。

地震のあと、毎年クライストチャーチに里帰りしますが、地震の爪痕が残る町並みを見て、「まだこんなに残ってるんだ」と胸を痛めながらも、それでもクライストチャーチに帰れば、楽しかった思い出ばかりが蘇るのです。地震では大変な思いをしたけれど、それでも、クライストチャーチを嫌いになることは絶対にないし、いつ帰っても「ただいま」という気分になるのです。そして、ここは私にとってニュージーランドのふるさとだと感じるのです。
去年、3年ぶりにオークランドに帰ってみても「ただいま」という気にはまったくなりませんでした。私は6年間ずっと、「クライストチャーチから来たよそ者気分」だったのでしょう。私は東京生まれ、東京育ちですが、地方の人が東京に出てきて長く住んでいても、故郷に帰れば「ただいま」という気分になるのと、同じ感じでしょうか。

それでも、オークランドでの辛い日々が、まったく無駄だったわけではありません。たくさんの苦労と努力をしたことが、現在のわたしたちの「力」になっていることは間違いありません。クライストチャーチで、なんの苦労も知らずにラクに成功しただけの人生よりも、人間的に成長できたと思うし、その時に試行錯誤をした経験は、現在「たくさんの引き出し」を持つことができるようになったことに繋がっていると思うのです。「苦労は買ってでもしろ」と言いますが、わたしたちはいつも、人生の岐路に立った時、「困難な方」を選択してきた気がします。ラクな道もあるのに、あえて「困難な方」を選択して苦労するのです。きっとそういう性分なのでしょう。夫婦二人とも同じ性分なので、ここで言い争うこともありません。「たいへんだろうけど、こっちを選びたい」と思った時、ダンナも同じように考えているのです。反対に、「その道はしんどいよ」と言ってくれるストッパーになる人がいないのは困りものですが、それでも二人の同意で困難な方を選んでいるので、あとでお互いを責めあうこともなく、自分たちの選択した責任として、黙々と努力するのです。

クィーンズタウンに移転したときもそうでした。最初から上手くいくことなんかなく、最初の一年は、それこそオークランドの暗黒時代を思い出すかのように、借金を重ねていきました。でも、オークランドではそこから脱するのに3年かかりましたが、クィーンズタウンでは、一年で脱することができました。そう。2年目からは軌道に乗せることができたのです。そして、3年目は、順風満帆に借金を返済していけるはずでした。

ところが!です。コロナですよ。

去年はロックダウンで2ヶ月ほど店の営業ができませんでしたが、その反動で、多くの方が国内旅行を楽しみ、「コロナバブル」がやってきました。他のレストランの人と話すと、どこもそうだったようです。それが、コロナが始まってから一年。さすがにこの国内旅行需要も翳りを見せ始めました。2月から、突然下降線を辿り始めたのです。「3月末までには、オーストラリアの国境が開く」と言われていましたので、そこまで踏ん張ろうと思ってきましたが、ここにきて、オークランドで市中感染が発生し、また、オーストラリアの国境が開く日が遠のいた気がしてなりません。ニュージーランドからオーストラリアへの渡航は「2週間の隔離」の必要はありません。なので、オーストラリアからニュージーランドの渡航で「2週間の隔離」が撤廃されれば良いだけなのです。どうか、1日でも早く、オーストラリアとの「2週間隔離」を撤廃していただきたいものです。

そんなわけで、常に苦労と隣り合わせでやってきて、今もまた、先の見えない不況の真っ只中にいるわけですが、今、ここでこうして、この素晴らしいクィーンズタウンライフを満喫し、人間らしい暮らしを手に入れて、仕事一辺倒ではなく自分の時間もたくさんあって、そしてなによりも、可愛い猫ちゃんたちに癒される日々。
なんて、幸せな毎日なのでしょうか。
そりゃ、家賃と人件費の支払いは、常に大きな心配事のひとつですが、心配しても未来は変わりませんので、今できることをするだけ。
今までもなんとかなったのですから、きっとこれからもなんとかなります。地震や事故などの不運がなければ、今、もっとラクな暮らしができていたかもしれませんが、ま、生きているだけでもありがたいと思わなくてはいけませんよね。

そして、昨日、2月22日は、クライストチャーチ大地震の起きた日でしたが、「にゃんにゃんにゃん」の猫の日でもありました。
我が家の3にゃんこの写真を、最後にお届けしたいと思います。

我が家の永遠のアイドル「茶々」
置物のように大人しくて甘えん坊の「ジジ」
我が家の暴れん坊「キング虎」こと「虎丸」

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